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最幸の人生を自分にもまわりにも 贈ろう!

最幸の人生を自分にもまわりにも
贈ろう!


「よい学校、よい会社に入ったら、
一生安泰に暮らせる」

そう育てられ、東大を出て、
IBMに入りました。

「女性でも定年まで働いている人がいる」
というのが決め手になり、
会社を選んだのです。


そして、24年。
気がつくと 、男性も女性も、
50歳を過ぎて会社に残っている人は、
ほとんどいませんでした。


私自身は、育児を両立させながら、
システムエンジニアとして、
次々とやりたい仕事に挑戦してきました。

そして、マネージャーに抜擢されました。



文字通り、土日を問わず、
昼も夜も働き続け、
自分の力を120%出し切ったと
思った年、業績評価は、
まわりと比べて
最低の評価をもらったのです。


子どもを育てながらでは、だめなのか。
これ以上やらないと、出世できないのか。


上を目指すことを自らあきらめた
瞬間でした。


しかたなく、スタッフ職や営業職を
転々としながら、ついに見つけたのが、
人事職でした。

人事は、会社の方針がよくわかり、
一方で、社員の方々をサポートする、
やりがいのある仕事でした。

この道で専門家になろうと決めました。
まずは3年、ものにしようと
がんばりました。

ストレスで、1ヶ月病気療養が必要なほど、
苦しんだこともあります。


しかし、その人事職ですら、日本からは、
どんどん人が減らされる職種
だったのです。

人事以外の職を打診されたことも、
何度もありました。

「営業の面談に行ってみてくれ」
「このスタッフ職もやってみないか」
実際、他部門の面談もしました。

そして、人事業務は、次々と
フィリピンや中国に移管されて
いきました。


この仕事がなくなったら、
もうやりたい仕事は、この会社にはない。


そう思っていました。


しかし、グローバル化の中での仕事は、
賃金が安い国に移っていく、あるいは
システムで置き換えられていく方向は、
もはや抗うことのできない現実だとも
気づいていました。


さらには、人事として
担当しているうちに、優秀な社員ほど、
何かのはずみでポストから外れると、
行き場がなくなることにも
気づいていました。

昇進して、昇給して、給与が高くなると、
高い給与のポストは少ないがゆえに、
行き先を探すのにとても苦労するのです。


一体どうしたことでしょう。


私は、高校生と小学生の
自分たちの子どもに、
「よい学校、よい会社に入ったら、
一生安泰に暮らせるよ」と、
言えないことに気づきました。


これから社会に出て行く子どもたちに、
わくわくするような将来を
見せられないなんて、
「親としてどうなんだろう?」
と、がっくりしました。


一方、24年の間に、社会の状況は、
大きく変わっていました。

ちょっと前までは、大企業のような
大きな資本がなければできなかった、
情報の発信が、今や個人でも
手軽にできる時代になっていました。

それこそ、スマホがあれば十分です。

チラシを配る必要すらないのです。
動画まで配信できます。


さらには、人々との交流も、
自分の住んでいる地域に関わらず、
できるようになりました。

それもスマホがあれば、十分です。


株式会社の設立ですら、
1000万円の資本金は必要ありません。

20人の出資者を集める必要も
ありません。

大企業でしか、できなかったことが、
個人でもできるようになっていたのです。


これからは、個人の時代!


個人だからこそ、お客様の細かいニーズに
素早く対応できる!!


これなら、子どもたちにも、
わくわくした将来を見せられる!


そして、会社で求められる役割に
しばられることなく、
個人の強みをすべて活かして、
やりがいのある仕事に挑戦できる!

定年にしばられることもない!!

そう思いました。




私は、新しいキャリアを求めて、
セミナーにも、通信教育にも
たくさん通いましたが、
それを仕事にする方法は
わかりませんでした。

お客様をどうやって見つけていくのかが、
わからなかったからです。


そして、大事なのはビジネスモデルだと
わかったのです。


自分が動いていない間にも、
お金が入ってくるビジネスモデルを
つくれば、自分のやりがいのあることに
次々挑戦できるようになると
思ったのです。


私は、そのやり方を教えてくれる師匠を
見つけ、同じことを教えられるように
実践してきました。

始めてみると、
とてもやりがいのある仕事です。


会社の仕事と両立しながらやりました。

そして、睡眠時間3時間という生活が
毎日続き、とうとう体力の限界を
感じました。


ついにどちらかを選ぶことにしました。


自分が60歳になったとき、
どうなっていたいか。


「今、独立すること」を選んだのです。


ところが、そこからも一筋縄では、
行かない日々が続きました。

そして、自分自身が師匠から
教わったやり方を伝承しようと準備して、
あと1歩というところで、
気がついたのです。


そのやり方では、会社を辞めずに、
成功させることがとても難しいことに。


私は、「卒サラ案内人™」として、
「サラリーマンだからこそできる」
プログラムをつくることを決めました。


そして、起業塾を離れ、
株式会社ディープインパクトを設立し
ました。

そして、サラリーマンのためのプログ
ラムを提供しながらも、さらに改善す
るため、さまざまなセミナーに参加し
ました。


そんなときに出会ったのが、神田昌典
さんが開発した、フューチャーマッピ
ングでした。2014年1月のときです。


私は、そのときちょうどご縁をいただ
き、鳥居祐一さんと一緒に、「伝説の
ホテルマン ケニー奥谷と鳥居祐一
スペシャルイベント」を企画している
ところでした。


40日後の開催日が決まっているのに、
会場も未定だし、告知ページもありま
せん。


そんな状態で、「一流会場で150名
集客」という課題にフューチャーマッ
ピングで取り組んだのです。


結果、驚くべきことに、鳥居さんの集
客力のおかげで、200名に参加いた
だくことができました。その中には、
ベストセラー作家が20名もいます。
すごいことではありませんか。



この講演会をきっかけに、鳥居さんに
は、メンターとして、セミナーや企画
の事務局を通して、数々のビジネスコ
ラボの機会をいただき、さまざまな
ことを学ばせていただきました。


そして、これを機に、私はすっかり
フューチャーマッピングにはまって
いったのです。



それから、フューチャーマッピングを
きちんと身につけようとフューチャー
マッピング・ファシリテーション講座
を受講し、晴れて認定ファシリテー
ターとなったのです。


その間にも、メルマガ読者さまを中心
に、多くのフューチャーマッピングを
実施しました。参加者の皆さんが、
例外なく、目を輝かせて帰られていく
のを見て、この思考法の可能性を確信
しました。


2015年1月には、年間計画を立てるため
に自分自身のフューチャーマッピング
を書いたところ、「親子フューチャー
マッピング」という新しい活動を生み
出すことになりました。


早速、春休み、ゴールデンウィークと
実施したところ、子どもが夢を発見す
ると、それを見た親も、子どものため
にがんばろうと変わっていくのを目に
しました。


それまでは、親が背中を見せなければ
いけないと思っていたのですが、逆に
親が子どもに元気づけられる光景に
遭遇したのです。


そして、親子フューチャーマッピング
は、私のライフワークともなったの
です。



さて、こうやって、フューチャーマッ
ピングにはまっていたところ、
ご縁をいただき、神田昌典さんのもと
で、働きませんかというオファーを
いただきました。


独立して「卒サラ案内人™」を名乗り
商標登録まで取得していた私は、会社
員に戻ろうと思ったことは、一度も
ありませんでした。


正直、想定外のオファーに葛藤しまし
たが、以下の4つの質問を自分に投げ
かけてみました。



どちらが、子どもたちにとって、
見たい親の背中だろうか?


どちらが、子どもたちのために、より
よい世界を残す可能性が高いのか?


いったいどうすれば、世界が必要とす
ることを、私の才能を使って提供でき
るのか?


私が死ぬときに、選ばなかったと後悔
する選択肢はどちらか?



結果、どれも、神田さんのもとで働く
ことが選ばれたので、また会社員に戻
ることを決意しました。



そこで、独立してからのクライアント、
ビジネスパートナーに、すべてご挨拶
させていただき、本当にうれしいこと
に皆様から、お祝いと応援の言葉を
いただきました。


本田健さんの講演会やセミナーのお手
伝いもしていたので、すでに決まって
いた、八ヶ岳合宿セミナーのトレー
ニーをお断りするお詫びのメールで、
健さんにお伝えしたところ、
「おめでとう!!」
というメッセージまでいただきました。


ということで、出戻り会社員となりまし
たが、今までの経験と培ってきたスキル
を活かして、ライフワークとして、新た
な仕事に取り組んでいきたいと思います。


メルマガは引き続き、毎朝、配信して
いきます。


今後とも応援どうぞよろしくお願い
いたします。


朝日 一惠 【最幸の人生の贈り方】
メールマガジンは、こちらから。
http://bit.ly/1pyXpah



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最幸の人生を自分にもまわりにも
贈ろう!

本当に自分がやりがいのある仕事で、
生涯働き続けて、
みんなが豊かになる社会を創る!

子どもがわくわくと大人になることを
楽しむことができる社会にする!


朝日 一惠 Ichie Asahi
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